民俗古代妄想, blog

こころめし

砂浜の土器片

せっかくの故郷、
沿岸部地域や流入する河川周辺
縄文から古墳時代の遺跡分布を調べて
宮城でも土器・陶磁器片探索

いわゆる
ビーチコーミング

やはりあったね
土器片 😀

 

宮城沿岸部

宮城沿岸部

宮城沿岸部

宮城沿岸部

宮城沿岸部

土器・陶磁器片

土器・陶磁器片

この辺りは「湾」になっていて
その環境のおかげで
縄文時代からほとんど
風景が変わっていないのだそう

その湾内の
三か所のエリア
いくつかの浜を歩く

クルマがなければ
かなり不便な土地柄

それぞれのエリアに
あわせて三度、三日間

浜歩きを除いて
訪れるたび、
往復15-25kmほどを歩きっぱなし

途中で夜になったり
ささやかに雨が降ったり
冷えるわ風は強いわで
くたくた

311の影響から
ひと気はなく
暗くなれば車もほぼいない中
とぼとぼ歩きながら
ヘトヘト孤独な労力

なにやってるんだろ、、
とか脳内ぐるぐる

まあ
クルマを手放して久しく
拠点も国外に大阪にと移って
今後はますます
脚を伸ばせる機会も少なくなると
自分を納得させて

もともと
浜や河原での拾い物は
趣味ではあったのだけど

ネパールでの
サリグラム探索から
想うところもできたからね

「サリグラム」とは
アンモナイトなどの
化石の含まれたノジュール

それを
ヒンドゥー教では
神格化・パワーストーンとして
一部であがめている

観察と聞き込みから
さらにもういくつかの
気になる古代文化・習俗も見えて

僕としてはいまや
サリグラムそのものよりも
民俗・習俗としてのそれに興味がある

それが
浜・河原探索に
ハマった理由のひとつ、

単純に
古代の生き物の化石
土器片などの人の手の痕跡
そのロマンに
惹かれてもいるのだけど

人の手の加わった
土器などの持つ
民俗・習俗的な情報の断片にも
想うところあり

それらはともかく
浜・河原探索は
相変わらずの趣味というか
なんというか

いまや
調べていることとは
あくまで間接的な関わり

たまに
なんのために拾っているのか
とか尋ねられたりもするのだけど

コレクターを
したいわけではなく

そこだけに絞って言えば
ココロへの栄養補給ですよね

身体が栄養分を望めば
お腹が空いて
ゴハンを食べるのと同じく

これは単なるココロのゴハン、
「こころめし」

ヒトとして
僕が生きるために
必要なココロの成分

ココロにご飯
あげていますか?

と言うことです 🙂

 

宮城沿岸部

宮城沿岸部

土器・陶磁器片

先のエリアとは
別なところの浜は
潮の関係か海底の状況か
漂流物がだいぶ異なる

一画には
海藻と貝殻が
まばらにあるのみで
ほかの漂流物はほぼ見当たらず

別な一画には
波の強い時間帯があるのか
砂利や木片などが集まっていたりと
極端な雰囲気

ここは
湾の外側に面しているためか
土器片などはあまり見つからず

遺跡分布の状況から想像すると
あちこちとスコップで掘り下げれば
古墳時代あたりの
丈夫で重い断片は見つかるかも

けれどこの日の目的は
いずれかの年代の「土器片」が
あるかどうかのチェックのみ

個人的には
十分な成果

ここにも「ある」
とわかったからな 😀

 

水生生物巣穴痕か

京都の河原でも
このような形状のものが見つかって
土器か水生生物の巣穴痕かと
調べていたら

大阪の考古学の先生曰く、
なんらかの生物の巣穴周囲に
砂礫などが
圧縮されたものの可能性がある
とのこと

水辺とは関係のない
内陸部の遺跡からも
よく見つかるらしい

これを見つけた浜には
米粒みたいなチビガニがいっぱいいて
その巣穴が無数にあいていたから
それかもしれない

おそらくカニは、
巣穴を掘りながら
崩れにくくするために
唾液かなにかで
穴の周囲を固めているんだろうな

周囲の砂礫より強度があるから
風や水に運ばれた砂などが
柱状に固められた巣穴の周りに
ギュギュッとはまり込んで
こんな感じになるのかな

別な河原で
川底だった時期にあったであろう
大きな岩の周囲が水流でえぐれて、
握りこぶしほどの石がいくつも
巻き込まれるように
集まっていたのを見たことがある

きっとあの原理だろうな、って
思ってみる 😀

 

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